クリニックを開業する方法には、土地や物件を探して一から医院を立ち上げる「新規開業」だけでなく、既存のクリニックを引き継ぐ「継承開業(医業承継)」があります。
既存の患者やスタッフ、医療機器などを引き継げるため、開業直後から一定の診療体制を整えやすい一方、設備の老朽化や契約関係、既存患者との関係など、継承ならではの注意点もあります。
本記事では、クリニックを継承して開業するメリット・デメリットや手続き、確認すべきポイントを解説します。
クリニックの継承とは、既に運営されている診療所を別の医師が引き継ぎ、診療を継続することです。医療業界では一般的に「医業承継」と呼ばれています。
院長の高齢化や引退、後継者不足などを理由に診療所を手放したい医師と、開業を希望する医師をマッチングし、建物・医療機器・患者基盤などを引き継ぐ第三者承継も行われています。
なお、「クリニックそのものをそのまま譲ってもらえば手続きもすべて引き継げる」とは限りません。特に個人診療所では、旧院長が診療所を廃止し、新しい院長が改めて診療所を開設する手続きが基本となります。
参照元:山口県医師会|医業承継の実務と留意点(https://www.yamaguchi.med.or.jp/wp-content/uploads/2026/01/20260115no2.pdf)
継承開業と新規開業には、以下のような違いがあります。
| 比較項目 | 継承開業 | 新規開業 |
|---|---|---|
| 患者基盤 | 既存患者を引き継げる可能性がある | ゼロから集患する |
| スタッフ | 既存スタッフを再雇用できる場合がある | 新たに採用する |
| 医療機器 | 既存設備を利用できる場合がある | 原則として新規購入する |
| 物件 | 既存医院を利用できる場合がある | 候補地から探す |
| 設計の自由度 | 既存設備・間取りによる制約がある | 比較的自由に設計できる |
| 認知度 | 地域で既に認知されている場合がある | 開業後に認知を広げる必要がある |
| 過去の経営課題 | 引き継ぐ可能性がある | 基本的にはない |
継承開業は「既にあるものを利用できる」という点が大きな特徴ですが、その反面、立地・設備・スタッフなどを自由にゼロから選べない点も理解しておく必要があります。
親や親族が経営しているクリニックを子どもなどが引き継ぐ方法です。地域住民やスタッフとの関係を維持しやすく、後継者の人柄や経歴も患者へ説明しやすいため、比較的スムーズに承継しやすい方法といえます。
一方、親族間であっても不動産や医療機器の所有権、診療所の資産価値、相続・贈与などについて整理が必要です。「家族だから契約は不要」と考えず、財産関係を明確にすることが重要です。
既にクリニックで勤務している医師が院長から事業を引き継ぐ方法です。
患者やスタッフとの関係が既に構築されているため、院長交代による影響を抑えやすい点がメリットです。既存の診療方針や業務フローも理解しているため、診療を継続しながら段階的に経営を引き継ぎやすいでしょう。
親族や勤務先とは関係のないクリニックを譲り受ける方法です。近年では、医師会や開業支援会社、M&A仲介会社などを通じて譲渡希望の診療所を探す方法もあります。
自分が希望する地域や診療科と条件が合えば、ゼロから開業するより効率的に開業できる可能性があります。ただし、面識のない第三者同士での取引となるため、財務・契約・設備などを詳細に確認するデューデリジェンスが特に重要です。
新規開業では、開院後に地域住民へクリニックの存在を認知してもらい、患者を一から増やさなければなりません。
継承開業では前院長が診療していた患者が引き続き通院してくれる可能性があり、開業初月から一定の患者数を見込みやすい点がメリットです。
ただし、院長交代をきっかけに患者が他院へ移るケースもあるため、既存患者数をそのまま将来の患者数として事業計画へ反映するのは避けましょう。
X線装置や超音波診断装置、電子カルテ、診察台などがそのまま使用できれば、新規購入する医療機器を減らせます。
内装についても診察室や処置室、待合室が既に整備されていれば、新規開業と比較して初期投資を抑えられる可能性があります。
看護師や医療事務などが継続勤務を希望していれば、新院長が再雇用することで、開業時の採用負担を軽減できます。
地域の患者や医院業務を理解したスタッフが残ることで、院長交代後も診療をスムーズに継続しやすい点もメリットです。
長年診療してきたクリニックであれば、「この場所にクリニックがある」という認知が地域に定着しています。
診療科を大きく変更しない場合は、既存患者だけでなく地域住民からの認知も引き継ぎやすく、開業当初の広告・集患負担を抑えられる可能性があります。
既存設備を引き継げることはメリットですが、医療機器が古ければ開業後すぐに買い替えが必要になる場合があります。
譲渡価格だけを見るのではなく、各機器の導入年、耐用状況、保守契約、故障履歴などを確認し、今後数年間に発生する更新費用まで含めて資金計画を作成しましょう。
患者は「クリニック」ではなく前院長を信頼して通院している場合があります。院長が交代すると、他院へ転院する患者が出ることも考えられます。
可能であれば一定の引継ぎ期間を設け、前院長から患者へ後継医を紹介してもらうなど、診療の連続性を感じてもらえる承継方法を検討すると良いでしょう。
既存スタッフが残ってくれる場合でも、前院長と新院長では診療方針や仕事の進め方が異なります。
給与・勤務時間・職務内容などの雇用条件を確認するとともに、今後のクリニックの方向性を丁寧に説明し、スタッフとの合意形成を行うことが重要です。
医療機器のリース契約、建物の賃貸借契約、未払金、取引先との長期契約などが残っている場合があります。
特に医療法人そのものを引き継ぐ場合は、表面的な資産だけでなく負債や契約関係まで確認する必要があります。税理士・弁護士などを交えた事前調査を行い、承継後に想定外の負担が発生しないようにしましょう。
個人診療所の場合、事業を引き継いでも開設者そのものが変更されるため、手続き上は前院長による「廃止」と、新院長による「新規開設」となるのが基本です。
主な対応には以下があります。
手続きのタイミングを誤ると、保険診療を継続できない期間が発生する可能性があります。前院長・後継医・行政・厚生局などとスケジュールを共有し、診療を途切れさせないよう逆算して準備しましょう。
参照元:山口県医師会|医業承継の実務と留意点(https://www.yamaguchi.med.or.jp/wp-content/uploads/2026/01/20260115no2.pdf)
参照元:中国四国厚生局|保険医療機関・保険薬局廃止・休止・再開届(https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/chugokushikoku/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/yoko_haishi.html)
医療法人が運営するクリニックの場合は、個人診療所とは承継方法が異なります。
法人格を維持したまま社員・役員等を変更して経営を引き継ぐ方法のほか、事業譲渡や医療法人同士の合併など、案件によって複数の手法が考えられます。
法人自体を引き継ぐ方法では、契約関係などを維持しやすい場合がある一方、法人に残っている債務や過去の契約関係も含めて承継するリスクがあります。
また、医療法人は株式会社とは制度が異なり、定款・社員・役員・持分の有無などによって適切な承継方法も変わります。税理士や弁護士、行政書士など医療法人の承継実務に詳しい専門家へ相談しましょう。
参照元:厚生労働省|医療法人の合併及び分割について(https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc3596&dataType=1&pageNo=1)
現在の患者数だけでなく、新患・再診の割合、患者の年齢構成、診療単価、季節変動などを確認します。
前院長の診療スタイルによって売上が成り立っていた場合、新院長へ交代すると数字が変化する可能性があります。直近の売上だけでなく複数年の推移を確認しましょう。
既に患者がいるクリニックでも、周辺に新しい競合院が開業したり、地域人口が減少したりすれば、将来的に患者数が減る可能性があります。
「既存クリニックだから安心」と考えず、新規開業と同様に診療圏調査を改めて実施することが重要です。
承継時の譲渡価格には、土地・建物・医療機器など目に見える資産だけでなく、既存患者や地域での信用といった営業権が含まれる場合があります。
提示された価格だけで判断せず、資産価値や収益力、設備更新費などを含め、支払う金額を何年で回収できるのかを確認しましょう。
可能であれば、前院長と後継医が一定期間並行して診療するなど、段階的に引き継ぐ方法も検討したいところです。
患者やスタッフに後継者を認知してもらう期間を設けることで、院長交代による患者離れやスタッフの不安を抑えやすくなります。
山口県では、地域医療を維持するため、一定の地域で診療所を承継する医師を対象とした支援制度を設けています。
山口県では、柳井医療圏や長門医療圏、県内の一部医師少数スポットなどを「重点医師偏在対策支援区域」に設定し、対象地域で診療所を承継・開業する場合に施設整備・設備整備・地域への定着に対する支援を実施しています。
また、一定の要件を満たす診療所については、承継・開業時に取得する建物・土地に係る登録免許税などの軽減措置を受けられる場合があります。
参照元:山口県公式HP|重点医師偏在対策支援区域における診療所の承継・開業支援事業の実施について(https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/soshiki/45/312220.html)
参照元:厚生労働省|重点医師偏在対策支援区域で承継・開業する診療所への税制上の支援(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/kinkyu/index.html)
山口県では、へき地に所在する民間診療所等を引き継ぐ譲受者を対象とした「へき地医業承継支援事業費補助金」も設けています。
2026年度の制度では、承継に伴う施設・設備整備や広告経費などについて補助率2分の1・上限450万円の支援が用意されています。県が行う医業承継支援事業によるマッチングなど、適用には要件があります。
参照元:山口県公式HP|山口県へき地医業承継支援事業費補助金(https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/soshiki/45/261222.html)
クリニックの継承開業は、患者基盤や医療機器、スタッフなどを引き継げるため、新規開業と比較して開業準備の負担や初期投資を抑えられる可能性があります。
一方で、患者が院長交代後も通院してくれるとは限らず、老朽化した設備や契約関係、スタッフとの関係など、新規開業にはないリスクを引き継ぐ可能性もあります。
候補となるクリニックが見つかった場合は、現在の売上や患者数だけで判断せず、財務状況、医療機器、スタッフ、契約、診療圏、将来人口まで確認したうえで承継条件を検討しましょう。
また、個人診療所と医療法人では必要な手続きや承継方法が異なります。円滑に診療を引き継ぐためにも、医業承継の経験を持つ専門家や開業支援会社と早い段階から準備を進めることが重要です。
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